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ホモソーシャル [専門学術]

イギリス文学の分析を通じてE.K.セジウィックが練り上げた概念「ホモソーシャル」によれば、この私たちの社会は、その中心に各種の権力リソースを特権的に有する公的領域を置き、そこを男性の領分として割り当て、女性はそうした中心部から排除するかたちで周縁化し、それより外部を私的領域とすることで権力リソースから疎外しているというのが基本構造なのだと捉えられる。
それゆえに、男性ジェンダーを割り振られている者は、その中心公的領域の構成員となるための資質が不可欠となり、権力機構の担い手として適切にふるまうよう常に要求され続けることになる。
いわゆる「男らしさ」を確実に遂行することが必須となるのは、その一環である。その場が各種の「男らしい」とされる表象に満ちていることが、権力機構としての特権的位相に相応しいという評価と密接に紐付けられ、構成員どうしが互いに「男らしい」言動を行為しあうことが、その場を周縁である女性領域よりも優位に価値づける文化的装置として機能する。
加えて、私的領域とした女性領域を劣位に置き続けるためには、女性蔑視的な価値規準に従うことも重要となる。女性領域は性的な興味関心を向ける対象にすぎないものとみなすことはその核心のひとつだろう。同時に性的な興味関心を向ける対象をもっぱら女性領域に限ることで、男性ホモソーシャル内部からは性的な要素を排し、公的領域に相応しいとされる様相をを整えることも実現される。
これらがインセンティブとなり、構成員には常に「男らしさ」規範を遵守し半ば相互監視的に全員が「男らしい」ことを追求する力学が発生する。それらは構成員どうしが結束を強め連帯意識を確かめあうプロセスとしても働き、しこうして強固な「男同士の絆」に支えられた男性集団「ホモソーシャル」が現出し、その内部には苛烈なミソジニーと同性愛嫌悪の風潮が醸成されるのである。
じつのところ、さまざまな社会的事象はこうした構造上で起こっている。男性領域である特権的中心権力機構と周縁化された私的領域。個々人に対して社会的に割り振られるジェンダーが男女のいずれであっても各種ジェンダー規範によって各人のありのままのありように向けて抑圧は発生するが、それらがこうした不均衡な権力配分の社会構造の上にあり、その構造にこそ由来している、という俯瞰は重要である。ジェンダーに関わるあらゆる社会問題は、この男性ホモソーシャル構造と不可分だとも言えよう。ここを押さえることが、「男女不平等」「性差別」といったテーマを、いたずらに男女両カテゴリの個々人どうしの対立にミスリードしないコツでもあるだろう。


◎このほか、「ボーイッシュな女性はそれなりに存在できるのに男がスカートをはいたり化粧をすれば直ちに変態認定」「女性は多様性を認め合うことに相応に柔軟なのに、男性がなかなかそうできないのはソレを認めることで自分が男でなくなってしまう気がして怖いのかも」なども、おおむねこの男性ホモソーシャル構造をあてはめることで腑に落ちるところは大きい。


◎なお一般的にはセジウィックが唱えた「ホモソーシャル」は、上述したとおり男女各カテゴリの権力バランスが不均衡な位置関係を包含した概念として用いられ、この項でもここまでその用例に従っているが、一方でその構図は外して単に字義どおりに「性愛を伴わない同性どうしの親密な関係性に基づく集団」を意味しようという用法もある。


(2017/04/26)
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