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3年B組 金八先生 [文化全般]

武田鉄矢が教師役の学園ものテレビドラマ。
桜中学の3年B組を担任する坂本金八先生が、様々な問題に生徒の立場で取り組み解決していく過程を描いたストーリー。
1979年にシリーズ第1作が放映されて以来、連続もの、特番形式を織り交ぜて、長らく人気シリーズとなった。
それまでの学園ドラマは、中村雅俊などが熱血教師役のいわゆる「青春」ドラマだったのが、戦後民主主義の退潮に合わせて、それよりもリアルな、現実の教育問題などをまじめに扱うドラマとして制作されたのが、斬新で支持された。

一時期は「人という字を見てください。支え合って立っているでしょう。だから人は支え合わなくちゃいけないんです」などの名セリフがギャグ化するなど、多少アナクロ化していたが、後年のシリーズでは、時宜を得た諸問題も盛り込み、新機軸を打ち出して、新たな支持を集めた。

そのうち「第6シリーズ」と呼ばれる、2001年から2002年にかけて放映された分では、「性同一性障害」も主要テーマのひとつに据えられ、「男子になりたい女子生徒」役を上戸彩が好演して話題を呼んだ。

なおシリーズ第1作のとき、筆者は本当に中学3年生だったのだが、当時生徒役だった田原俊彦が『教師びんびん物語』で初めて教師役をした年に、筆者も大学を出て初めて教壇に立ったというのが、なかなか因縁を感じる。またそんなこともあって、拙著「女が少年だったころ」の原稿を書き始めたころには、『3年B組金八先生』云々という記述をよくしたものだが、それが出版されるときには、向こうのほうからテーマに近づいてきているなど、よもや思いも寄らなかったものである。(^o^;)

 


ブルセラ [文化全般]

「ブルマー&セーラー服」の略。
1980年代の後半あたりに、いわゆる男性向けのエッチな雑誌として、女子高生のエッチなポーズや行為をモチーフとしたものがメジャー化する中で、それらを指して「ブルセラもの」などと呼ぶために使われ始めた語。
その後、女子高生の着用済みの制服や体操服、さらに下着などを売買する店が「ブルセラショップ」と呼ばれるようにもなったが、この「ブルセラショップ」のひとつが1993年に当局の摘発を受けてニュースになったため、結果として「ブルセラ」の語やその内実は、さらに一般への広がりを見せるようになった。

ごく普通の女子高生が、自分の下着をお小遣い欲しさに売るという行為の広がりは、当時の人々の寒心を誘ったが、ほどなく「援助交際」の社会問題化にまで発展した。

問題の根底には、売る側・買う側双方の、本当に必要な性教育・性情報などの欠如などによる、不均整なセクシュアリティ環境があると考えられる。

 


人跡未踏の地に人食い虎を見た! [文化全般]

往年のテレビの人気シリーズ『川口浩探検隊』のある回のサブタイトルとされる。
件の番組は毎回、謎の洞窟に探検隊がこれから入る様子を、カメラがその洞窟の中から写すなど、バレバレのヤラセが逆に可笑しくもオモシロイ番組だった。
しかし、さすがにこのサブタイトルは、「人跡未踏だった土地で、その人食い虎は今までどうやって人を食ってたんや!?」と、思わずツッコミを入れざるをえないところが、また逆に伝説として多くの人に語られるところとなった(が、じつはこの通りのサブタイトルは存在せず、ウワサに尾ひれがついて都市伝説的に広まったのが真相らしい)。

 


なおす [文化全般]

知られざる関西方言のひとつ。
全国区の『修理する』という意味のほかに、関西では『しまう』の意味にも使う。
よって「今日、買ぅてきた、このファンヒーター、どないしょう?」「まだ寒ぅないし、とりあえずなおしとこか」…という会話を聞いて、買ったばかりのファンヒーターのどこをなぜ修理するのだろうなどと思ってはいけない。これは押し入れかどこかにしまっておくのである。
また関東からの転校生が、先生がテストを返して「すぐになおしなさい」と言ったので、いっしょうけんめい間違ったところを直していたら、他のクラスメートは、さっさと答案用紙を机の中にしまっていた…というエピソードは、小学校の国語の教科書の方言の説明のところに載っていたりもする。

 


夕陽ヶ丘の総理大臣 [文化全般]

1970年代の終わり頃のテレビドラマ。
中村雅俊が主役の熱血教師役の、いわゆる青春ドラマの末期の作品。
海辺での「先生っ!」という台詞を伴うシーンなどがお約束のごとく多かった。
エンディングでテーマ曲の終わりあたりに、画面にその日のストーリーに合わせた「詩」がスーパーインポーズされるのが、わざとらしいながらも感動的。

 


百番目のサル [文化全般]

宮崎県の幸島のサルが、芋を食べるときに海水で洗うと衛生的なばかりか塩味も付くということで、この芋を洗って食べるという習慣を身に付けたのは有名だが、これははじめは若い世代のみに広まっているに過ぎなかった。
ところが芋を洗うサルがある一定数に達したとき、この習慣が幸島全体に広まったばかりか、直接交流のない隣の島や遠く大分県のサル集団にまで海を越えて伝わったという話がある
(芋を洗うサルが99匹だけなら、そのパワーはそれ以上でもそれ以下でもないのだが、もう1匹加わって100 匹になることによって臨界点を越え、爆発的なエネルギーとなる……という趣旨)。
そこでこれを人間にあてはめて、核戦争や環境破壊(むろんその他さまざまな社会問題などでもよい)に問題意識を持った人々の連鎖が世界中に広まるように、「あなたが百番目のサルになってくれれば、もしかしたら…」という言い方がされるようになったもの。

 


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